先生のおすすめ図書

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No.31 福地一(航空宇宙システム工学)

戦地の図書館 : 海を越えた一億四千万冊外部リンク

著者:モリー・グプティル・マニング 出版社:東京創元社 出版年:2016 ISBN:9784488003845

先生からの一言

 「焚書坑儒」。秦の始皇帝が学者の政治批判を禁じて儒教の書籍などを焼き、儒教学者を生き埋めにして殺したことと辞書にある。悪名高いこの事件は言論弾圧の故事として今にいたるまで語り継がれている。この行為は、学者の生き埋めは別として、現代においてもいくつか例があげられる。中国では1966年から1977年にかけて展開された「文化大革命」において、資本主義や西欧文化が否定され、関連の著作や思想が禁じられる様子が、映画『ちいさな中国のお針子』に描かれている。

 さて、本題の推薦図書は、舞台がドイツである。第2次世界大戦時にナチスは一億冊以上の書籍を焚書等により葬りさったとされる。それらの書籍は“非ドイツ的”なものであり、推薦図書の付録Aにほんの一部の著者リストが掲載されている。そこには、トロツキー、マルクス、チャーチルは当然としても、アインシュタイン、H.G.ウエルズ、ヘレンケラー、フロイトまでが挙げられている。この行為は書物のホロコーストとされ「書物大虐殺(ビブリオコースト)」とも表現されている。注目すべきは、その焚書の場所が、こともあろうに、思想、文化、学術の庇護者であるべき大学において、大々的に焚書が教員たちの行為として行われるのである。大学キャンパスや広場での焚書は、映画『善き人』、『やさしい本泥棒』にも描かれている。広場での焚書に関して、1933年に行われた大焚書のことを伝えるモニュメントがベルリンのベーべル広場にあるそうだ(p.248)。そのナチスの総統であるヒトラーはミュンヘン一揆[1]の失敗を経て一時収監されるが、その収監時に書籍『我が闘争』を執筆する。ヒトラーの唯一の著作である。どうもヒトラーは無類の読書家らしい、その人心に及ぼす影響力の大きさを認識していたのだろう、目下の戦争遂行の武器のひとつとして思想操作を重視したと思われる。

 さて、本題である。この書籍は、連合軍、特にアメリカが戦地の兵士のために一億数千万冊をこえる、「兵隊文庫」あるいは「軍隊文庫」とも呼ばれる膨大な書物を送り届けたノンフィクションドキュメンタリー本である。戦地の兵士は、想像するのも容易ではない過酷な環境で緊張を強いる状態にさらされていたと思われる、その中での一時の休憩の時間に故郷のなにげない日常を想起させる小説が、どんなにか兵士のこころを和ませたかは想像に難くない。大事なことは、決してヒトラーに対抗して、反ナチス書籍を送り届けたわけではないことだ。推薦図書の付録Bに32ページにわたって兵隊文庫リストがあるが、思想統制の色はまったくなく、ごく一般の書籍が並んでいる。ベティ・スミスの『ブルックリン横町』などは、良きアメリカの生活が描かれていたため、兵士たちは帰省したような気分が味わえ人気の書籍だったらしい。なにげない、さまざまな書籍が兵士たちの息抜きになり、ひいては任務遂行の士気高揚につながっていった。あたかも、書籍が連合軍の重要な武器のひとつになっていた。非常に広範な分野の書籍は、まさに、自由に読みたい書籍を読み、自由に自分の考えを表明できるという『自由』の体現につながっていたのだろう。

 最近、中国人観光客がドイツでヒトラー式の敬礼をして警察につかまったというニュースがあった。ドイツでは今でもナチス時代の反省のもとに関連する規制があるという。前述の『我が闘争』が2015年5月時点でも禁書措置を受けている[1]とのことである。禁書の弊害を述べてきた本文の主旨からすると皮肉なことである。

 ついでに、焚書、禁書の話題で、3つほど映画を紹介しよう。『薔薇の名前』は、中世教会が知識の中枢であった時代、禁書をあつめた教会の図書館をめぐる推理映画。結局最後は、この図書館が燃えてしまうが、禁書を蓄えておくことは燃やすよりは罪が軽いとも思える。『華氏451』は、未来SF映画で書籍を焼却することを是とする世界の話。華氏451度は紙が燃える温度らしい。消防士ならぬ書籍発見士が市内を消防車のような車で走り回り、書籍を発見次第、火炎放射器で燃やして回る。その対抗手段として文化継承を任務とする一団がどのような方法で目的を果たすかは、映画あるいは小説をどうぞ。『クレオパトラ』のなかでは、パピルスによる巻紙様の書物70万巻を所蔵していたといわれるアレキサンドリア図書館がカエサル(シーザー)のエジプト攻略時に燃やされたシーンで、若きエリザベステーラーが扮するクレオパトラが、レックスハリスン扮するカエサルを文化の破壊者としてなじるシーンがある。

 さて、終わりに、この駄文のメッセージをまとめておこう。メッセージは、決して若者よ、本を読めということではない。最近、若者が本を読まないことを嘆く論調を目にするが、少し主張が現代的でない気がする。本を読むということは、いうまでもなく、本という物理的な紙の束が重要なのではなく、そこに収められた何らかの情報がその価値なのである。もっとも、稀覯本という物理的な書物に価値がある場合も例外としてあるが。要は、私のメッセージは、若者よ、いままで知らなかったこと、自分の知らない世界や考え方、場合によっては自分の考えとは異なる主張があるといったような事を知る自由を享受すべきだと言いたい。その手段は、書籍のかわりにSNSでもWEBでもYouTubeでも、若者に親和性のある手段で一向に差し支えない。朝日新聞の読書欄に、若者の投稿で、最近の若者は本を読まないからだめだという論調に対して、余計なお世話だという主張があったが、同感する部分もあった。

参考文献 [1]石田 勇治 「ヒトラーとナチ・ドイツ」講談社現代新書2318、講談社、2015年6月.

掲載日:2017/08/14

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